2009年3月23日月曜日

白い街Arequipaの終焉

一夜明けてゆっくりした朝食の後、中央広場に出掛ける。 外国人の観光客が本当に多い。 20年前の記憶を辿るがかなりおぼろげで、はっきりしない。 ただ、街全体、あの真っ白な印象とはかなり違って来ており、排気ガスの性でくすんでいるのが残念。 Sillerという火山石で出来ていると。 当時、レンタカーを借りて郊外へでるも、いとも簡単にCentroを脱出出来た。  今回は、Centroまでかなり走ってようやく行き着く。 ツーリストオフイスを尋ね、徒歩で3時間ぐらい主に教会を中心に見て回る。  教会に入ると、広い内部の中央部分の祭壇はもとより、左右の複数の祭壇に数人の信者がじっと像を見つめたり、頭を垂れて、何分も不動の姿勢を保っている光景を目にする。 仏教であれば、手を合わせたり念仏を唱えたりしているものであるが、中には、明かに仕事の合間に寄ったという風情の中年男が何人もいて、表情から何か悔いているような、反省しているような、誰かに許しを請うているような、そんな後ろ姿を感じるのは信仰心に浅い異教徒のげすの勘ぐりであろうか。  一方、若い女性が一心に祭壇に向かって直視しているのを見ると、何か清楚で、清々しく、あくまで純粋な彼女の心がこちらまで伝わって来るような、こんなヒトを嫁さんにすれば、絶対間違いないのではないか、とさえ思えて来る。  何れにせよ、キリスト様から見れば、いささか不謹慎な話で、これを書きながらもそんな浅はかなことしか感じない自分を深く反省している。 また、Peruの純粋犬、ベリンゴに会った。 オバマ大統領の愛犬でもあるという。

今日で太平洋とお別れ

San Juanから300kmほど海岸に沿って走り、太平洋に別れを。 朝、港に行って見た。夜の10時に出た漁船が帰港し、魚を早速商いしている。 魚がやはり年々少なくなっているのだと。 回りの人々に好奇な目で散々見られた。 少し慣れてくると皆から質問の砲火。 気さくな連中ばかりだ。 朝ごはんの芋を貰う。 芋の本場だけに、これがうまい。 San JuanのHotel Imperialは、一泊1800円で朝食なし。丁度いい按配であった。 海岸線を離れる少し前、Tanakaという村を見つけた。 好奇心に勝てなくPanamericana街道を少し離れ、海辺の一軒を尋ねる。 Tanakaの名前の由来をどうしても知りたかった。 夏場の観光シーズンに部屋を貸しているという青年が一人で新聞を読んでいた。 旅の者だがTanakaの由来を教えてくれと。 親切な青年曰く、「昔々、この海岸に一人の軍人が溺れ死んでこの浜に流れ着いた。 彼の首飾りにTanakaと名前が書かれていた。 それからこの浜をTanakaと呼び始めたらしい」と。 もう少し、平和な由来を期待していたが、まあ一応納得して又ハンドルを握り始めた。 海岸線から更に290km内陸に向かい20年前家族4人に来たことのあるArequipaに着く。 Peruで2番目の都市とガイドにあるが本当か。 白い都市と言われる通り、街全体が白い石で作られ、これまでの街より更に歴史の深さが感じられる。 大体どんな街にもPlaza de Armasと言う中央広場があり、ここがCentroということになる。 街へ着くとひとまずCentro. それからホテルの情報をTaxistaから収集する。 こうしてホテルを探す内、大体の街の感じを掴むことが出来る。 従って、決して焦らず、ゆっくり探す事にしている。